ゲイが市井で暮らすのに、嘘はいくつ必要ですか？ もうすぐ。

妹も育児ばかりで、息抜きをしたいだろうと思い、
甥を祇園祭にでも連れて行くからお前はゆっくり
自分の買い物でもしてきなと少し兄貴ぶった。

昼の１３時ごろに四条烏丸で待ち合わせて、
一緒にご飯をたべて、甥の真治クンと二人で
お祭りにいく。

おかぁちゃんとベソかくかなと思ったけれど、
「おじちゃんといっしょに祭りに行こうか？」と
抱っこしながら語りかけると意外と素直に「うん」と
うなずいた。

かわいいなぁ。

四条どおりを歩きながら彼の好きな戦隊モノの
歌を一緒に歌う。

♪不思議な呪文コールすりゃ
ハートに着信　勇気のメール♪

真治クンはもうすぐ３歳なんだけれど、まだ言葉が
ちゃんと話せない。単語だけを時々思い出したように叫ぶ。

真治クン「マジマジ！」
俺　　　　「そうマジレンジャーの歌。今時の中年でマジレンジャーが
　　　　　　歌えるのってそうはいないんだよ。この迎合に感謝しなよ？」
真治クン　「うんうん（うなずく）」

わかってんのかねｗ
かわいいなぁ。

晴れた日の平日の縁日は空いていて、幼児と運動不足の
中年が冷やかしながら歩くのにはちょうどいい。

風船つり、スーパーボールすくい、に続いて今年は
モヤッとボールすくいが登場していた。
伊藤四郎が司会者で最近始まったクイズ番組で扱っている
トゲトゲのついたカラフルなボール。
真治がやたらとそのボールに興味を示し、欲しがる。
よし、おっちゃんがいっちょかんばって大きいのを取ってやるか。

惨敗。３回もやって１個も取れず。
俺、不器用だからこういうのはちょっと、あの、その。

お情けで２個好きなのを持っていきなと店の人に言われる。
大きいのを選ぼうと真治をそそのかすが、小さな赤いボール２つが
いいと譲らない。ま、本人はほしがってるならそれでいいか。

時々休ませて水分を十分に取らせないといけないと思い
少し歩いたので日陰に座らせてお茶を飲ませる。
お好み焼きを買って二人で軒下に座り込んで少し休む。
時折吹く風が心地よい。
疲れてない？と訊くと首をふる。
おしっこは？と訊くと首をふる。
お好み焼きは美味しい？と訊くとうなずく。
どうやらこちらの言葉は理解しているようだ。

大きな犬が目の前を通り過ぎ、それに目を奪われて持っていた
ボールを道路に落とす。
真治「わんわん？」
俺「違う、犬だ！」
真治「わんわん！」
俺「そうだねわんわんだね」

亀をながめたり、わたあめを買ったり、鉾に昇ったり、歌ったりしながら祭りを楽しむ。
だけど少しすると、真治クンの方から抱っこを要求してきた。
いつもは元気に走り回るのに、今日は人ごみで疲れたのかな？
抱いてみるとさっきよりも体温が高い気がした。
眠たいのかな？

近場の喫茶店に入って少し休ませる。
ミックスジュースを二つたのむ。
彼は休むと少し元気になったようで、買ってやった絵本を開いて熱心に読んでいる。
時折俺の腕を引っ張ってはこれを読めと要求する。

「ぼくはごはんをたべたらちゃんとはみがきするよ」
「ぼくはハミガキなんてきらいだも～ん」

何が面白いのかキャキャと声をあげて笑う。
俺「これは笑うとこじゃないと思うのだが」
きらいだも～んの発音が彼のツボだったらしく、
なん度も「だも～ん」を要求されることになってしまった。

携帯に妹から電話が入り、そろそろ迎いに行くとのこと。
気がつけば３時間ぐらいたっていたようだ。

待ち合わせ場所まで抱っこしていくと先に妹は待っていた。
真治クンは「おかぁさん」と呼んで手を伸ばす。

俺「今日は偉かったよ、１度もおかぁさんと言ってぐずったりしなかった」
妹「へぇそうなん。真治偉かったなぁ」
俺「でも疲れたみたいで最後のほうはずっと抱っこしてって言ってきた。
　体温も少し高いみたい。やっぱ暑かったのかな？何度か休みながら
　歩いてたつもりだったんだけど」
妹「ほんまやな、少し熱いかな？でも元気そう。今日はありがとうな。
　　お兄ちゃんもしんどかったやろ」
車の中で俺も一緒に横に座れと呼んでくれている真治クン。
俺「今日はおじちゃんこの後、用事があるから又今度遊ぼうな」
そういって手を振ってバイバイした。

それが真治と俺が一緒に遊んだ最後の記憶。

祇園祭りの１ヶ月後、彼は誰よりも先に逝ってしまった。
妹夫婦も、俺も、医者さえも、もちろん真治本人も知らなかったけれど
生まれつきに心臓に欠陥があり、長くは生きられない運命だったのだ。
僕たちには突然死んでしまったかのように見えて、パニック状態に
なったけれど。大きな病院で検死をしてもらって初めてわかった。

祇園祭りのとき、甘えて抱っこって言ったんじゃなくて、
本当にしんどかったんだよな。
当時を思い返すと、泣けてきて仕方がない。

携帯に１枚だけそのときの写真が残っている。
ニコって笑って俺にモヤッとボールを投げようとしている写真。
そんなフォームじゃ俺まで届かないよ、とからかったけれど
でも、そんなボールでも今からでも投げてきて欲しいと思ってしまう。

だから。
俺は簡単には死ねないと思った。
たった３歳で死んでしまった彼のことを考えると死ねない。

もしかすると俺があの日、暑い中をつれまわしたせいで、
彼の命を縮めたのかと思うと、気が狂いそうになる。

俺にはもう何もできない。
彼を覚えておくことしかできない。
記憶で生かし続けておくことしかできない。
ほんと、それぐらいしかできない。

それが祇園祭。