ゲイが市井で暮らすのに、嘘はいくつ必要ですか? もうすぐ。
昔の男をふとした拍子に思い出すことがある。
俺も年がら年中、恋や男のことを考えながら生きているわけではない。
趣味や、仕事や、その他生きていく上でやらねばならない様々なことを
片付けながら、その合間に恋や男のことを考えているのだ。
その多忙な人生の中で現在進行形の恋や男を考えながら、
その合間を縫って昔の恋や男とことを思い浮かべる。
思い出としてよみがえることもあれば、
今頃あいつどうしてるんだろうと思いを馳せることも時としてある。
そして、時折、「彼(昔の男)もこんな風に俺のことを思い出してくれてるのだろうか?」
と考えてみたりするのだ。
もちろん思い出していて欲しいと願っていることは言うまでもない。
そんな思いを抱くなんて、俺は本当に欲張りなのだなとあきれるしかないのだけれど。
竹内まりやの『シングルアゲイン』という歌が流行っていたころ
当時の俺にはどうしても最後の歌詞が理解できなかった。
手放した恋を今
あなたも悔やんでるなら
やっと本当のさよならできる
この曲がヒットしたのが1989年ということは俺が19才のころだ。
「なんで、別れた男が昔の恋を悔やむことで本当のさよならになるんだ?」
若き日の俺には、てんで理解できない感情だった。
40才目前となった今、なんとなくこの気持ちが理解できる。
馬齢を重ねてきたとしても、それなりに恋愛経験をしてきたのだ。
昔の男が、出会ったこと、付き合ったこと、笑いあったこと、
そんなことをほんの一瞬でも思い出してくれていると嬉しいな。
上の歌詞みたいに後悔してほしいとまでは思わないにしても。
昔の恋を思い出すってことは、今の暮らしに満足していないからだ
という台詞が昔見たドラマの中であった。
(藤原紀香主演のドラマだった)
でも、それはあくまでも昔に戻りたいっていう感情がともなっての話だと思う。
俺は昔に戻りたいとは思わない。
多分昔の男たちもそんなことは望んでいないと思う。
そういうことじゃなくて、春の桜を見れば、そういえば某と一緒に
醍醐寺の桜を見に行ったなとか、そんな感じでふと思い出して欲しいと願うだけ。
それが昔の男の人生のささやかな傷跡だとしても。
俺も今日桜を見ながらそんな昔の春の日の一日を思い出したんだ。
俺も年がら年中、恋や男のことを考えながら生きているわけではない。
趣味や、仕事や、その他生きていく上でやらねばならない様々なことを
片付けながら、その合間に恋や男のことを考えているのだ。
その多忙な人生の中で現在進行形の恋や男を考えながら、
その合間を縫って昔の恋や男とことを思い浮かべる。
思い出としてよみがえることもあれば、
今頃あいつどうしてるんだろうと思いを馳せることも時としてある。
そして、時折、「彼(昔の男)もこんな風に俺のことを思い出してくれてるのだろうか?」
と考えてみたりするのだ。
もちろん思い出していて欲しいと願っていることは言うまでもない。
そんな思いを抱くなんて、俺は本当に欲張りなのだなとあきれるしかないのだけれど。
竹内まりやの『シングルアゲイン』という歌が流行っていたころ
当時の俺にはどうしても最後の歌詞が理解できなかった。
手放した恋を今
あなたも悔やんでるなら
やっと本当のさよならできる
この曲がヒットしたのが1989年ということは俺が19才のころだ。
「なんで、別れた男が昔の恋を悔やむことで本当のさよならになるんだ?」
若き日の俺には、てんで理解できない感情だった。
40才目前となった今、なんとなくこの気持ちが理解できる。
馬齢を重ねてきたとしても、それなりに恋愛経験をしてきたのだ。
昔の男が、出会ったこと、付き合ったこと、笑いあったこと、
そんなことをほんの一瞬でも思い出してくれていると嬉しいな。
上の歌詞みたいに後悔してほしいとまでは思わないにしても。
昔の恋を思い出すってことは、今の暮らしに満足していないからだ
という台詞が昔見たドラマの中であった。
(藤原紀香主演のドラマだった)
でも、それはあくまでも昔に戻りたいっていう感情がともなっての話だと思う。
俺は昔に戻りたいとは思わない。
多分昔の男たちもそんなことは望んでいないと思う。
そういうことじゃなくて、春の桜を見れば、そういえば某と一緒に
醍醐寺の桜を見に行ったなとか、そんな感じでふと思い出して欲しいと願うだけ。
それが昔の男の人生のささやかな傷跡だとしても。
俺も今日桜を見ながらそんな昔の春の日の一日を思い出したんだ。
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